サッカーに限らず、チームプレイスポーツでは背番号を付けますよね。
スポーツによってその背番号の意味は違ってきます。サッカーの場合は10番がエースナンバーということはサッカーを観戦したり、プレイしている人ならわかるはずです。
元FCバルセロナの10番は世界最高プレーヤーのリオネル・メッシ、レアル・マドリードの10番は司令塔のルカ・モドリッチが、そしてサッカー大国ブラジルの10番は天才ネイマールが、それぞれチームの顔と言っても過言ではない偉大なプレーヤーが10番を背負っています。
ではなぜ上手い選手が10番をつけることになっているのか?!
背番号の歴史を振り返りながら、見てきましょう!
サッカーの背番号はどうやって決める?歴史的にはどうなってるの?
まず、サッカーの背番号の歴史を簡単に振り返りましょう。
サッカーで背番号をつけるようになったのは1920年代からです。
ゴールを守るキーパーが1番に始まり、DF、MF、FWとポジションが上がっていくにつれ番号も順番に大きくなっていき、FWの選手が11番をつける(当時は選手交代制度がなく、11人ピッタリで試合をしていました!びっくりですね!)ようになっていました。
サッカーの背番号10はなぜエースナンバーになったのか
サッカーは11人でプレイをするスポーツです。
守備の要となるキーパーを1番とし、順に番号をつけていくと「10番」を付ける選手は攻撃的なポジションの選手の場合が必然的に多くなってきます。
とは言ったものの、背番号をつけ始めた当初は「10番」がエースナンバーというわけではなく、10番はただの10番であり特別な意味はありませんでした。
では、なぜ10番がエースナンバーになったのかというと、キング・オブ・フットボールことサッカー界のレジェンド『ペレ』の登場でした。
1958年にスウェーデンで開催されたサッカーの祭典、FIFAワールドカップにペレが出場したことで「No.10」の歴史が始まりました。
当時弱冠17歳という若さでブラジル代表に選ばれたペレ。
スターティングメンバーではなく控えのメンバーとしてワールドカップのメンバーリストに登録されていました。
その時にペレが付けていた背番号が「10番」でした。
この時にペレが「10番」を付けていたのは、たまたま監督が抽選で割り振った番号が「10番」だったからという偶然なのです。
もしこの時、ペレが違う番号を付けていたら今頃「10番」ではない番号がエースナンバーになていたのかもしれませんね。
ペレは17歳で出場したスウェーデン大会で「10番」を背負い、ワールドカップでの最年少得点記録、最年少ハットトリック(1試合で1人の選手が3得点を挙げること)を記録するなど、様々な記録を残し通算6得点を挙げ、大活躍の末見事チームを優勝に導きました。
その後もブラジル代表や所属していたクラブチームのサントスで「10番」を背負いながら長きに渡って活躍を続けたペレ。
ブラジル代表のエースとしてスウェーデン大会を含むFIFAワールドカップで3度もの優勝に導きました。
現役期間の22年間で代表チーム、クラブチーム通算で1363試合に出場し、1281得点を記録しました。
数々の記録を作り、目を疑うような実績を残してきたペレ。
その偉業からペレは人々から「サッカーの神様」と呼ばれるようになり、いつしか10番は世界中のサッカープレイヤーにとって憧れの背番号となったのです。
国で見てみると例えば欧州の強豪国ドイツ代表はエースの選手は「10番」ではなく「13番」をつけます。
現在ドイツ代表でエースナンバーを着けているトーマス・ミュラー選手は代表で100試合出場38得点を記録しています。
クラブチームで見てみると、赤い悪魔の通称で呼ばれるマンチェスターユナイテッドの場合、エースの選手は「7番」をつけます。
最近だとクリスティアーノ・ロナウド選手のイメージが強いですが、元フランス代表のエリック・カントナ選手、そして元イングランド代表のデイビット・ベッカム選手もこの番号をつけてユナイテッドの伝統と共に歩んで来ました。
サッカーの背番号 まとめ
背番号はもとは順番につけられたものですが、エース選手の登場で特別な番号となった背番号があるんですね。
いつかペレを超えるような選手が「10番」以外の番号を背中に背負って圧倒的な活躍をした時は、もしかしたら新たなエースナンバーが生まれるのかもしれませんね。